第3.5節 IT利用の効用
司法試験受験生の論述起案にITを使うというと、司法試験の論述指導経験者から「起案は手書きに限る」との声が聞こえてくることがある。確かに司法試験の現場は手書きで答案を書くから、答案用紙に綺麗な文字で体裁の整った文章を手書きする訓練は必須であり、重要である。その点は論を待たない。ITを使う場合でも手書きによる起案の訓練を継続すべきことは当然である。
一方、実務はすべてITだ。法曹実務家が業務上の文書を起案するとき、そのほぼすべてはコンピュータを使う。司法試験がゴールではなくスタートであり、法曹実務家としてのキャリアは起案する文章の内容的なクオリティに左右されるといっても過言ではない。いかにして相手に伝わる文章を論理的に書くか。文章を組み立てる訓練を積むことが肝要なのである。文章に表現する言葉運びの訓練は、答案用紙という紙面にどのような形の文字を書き、どのようにレイアウトするかといった「かきかた」の訓練とは次元を異にするのだ。
泳げるようになりたかったら泳ぐしかない。レースで勝ちたかったら泳ぎこみを続けるしかない。適切なコーチのもと、泳ぎを繰り返して洗練させていくのだ。訓練の量が閾値を超えた時、質的転換を得る。同様に、文章を書けるようになるには繰り返し書くしかない。その訓練の手段として手書きには限界がある。
ITを使う起案は、何度でも書き直せるし、十分に推敲ができる。Scrapboxでは論述したページに教員などからのコメントが文中に書き込まれた場合、そのページを「Duplicate」することによって、既存の論述とコメントを存置したまま新たなページに原稿を複製し、コメントを消しながら推敲を加えてより良い文章を書き起こすことができる。ゼミの学生たちは一つの問題に対して10回以上も書き直しをしており、その論述内容を読むと、推敲し書き直しを繰り返すほどに着実に文章力が磨かれていることが明らかである。またタイピングは手書きするより高速に書けるから、同じ時間内により多くの分量を起案できる。正しくタイピングできていれば、起案のしすぎで腱鞘炎になる心配もない。Scrapboxのような仕組みを使うとオンラインでリアルタイムに文章を共有できるから、在宅の友人同士で添削することも可能だし、なかなか会えない忙しい教授や離れた場所で仕事している先輩弁護士に添削してもらうこともできる。
そのためには最初にタッチタイピング(ブラインドタッチ)を完全に身につけることが大切だ。ゼミの学生たちを見ていると、本気で訓練した学生は3日程度で身につけているし、長くても約2週間あれば習得可能なスキルである。